「やせがえるまけるな一茶ここにあり」 ― 2010年04月02日 15:38
岩松院は、北斎の天井画で有名ですが、「やせがえるまけるな一茶ここにあり」と読んだ「蛙合戦の池」でも有名だったそうです。
昨年この寺を訪れた時、土地の古老が池を巡ってきたけれど蛙が一匹も見当たらないと嘆いていました。
以前は鳴き声で、やかましいくらいに蛙がいっぱいいたのにと話してくれました。
なぜなのでしょう。
私もその池をみましたが水が干上がり、からからに乾いていました。
今年は水が戻ってきたでしょうか、そして蛙が戻ってきたでしょうか?
(09年善光寺の旅)
昨年この寺を訪れた時、土地の古老が池を巡ってきたけれど蛙が一匹も見当たらないと嘆いていました。
以前は鳴き声で、やかましいくらいに蛙がいっぱいいたのにと話してくれました。
なぜなのでしょう。
私もその池をみましたが水が干上がり、からからに乾いていました。
今年は水が戻ってきたでしょうか、そして蛙が戻ってきたでしょうか?
(09年善光寺の旅)
北向観音へお参り ― 2010年03月31日 15:25
善光寺に向き合っている、天台宗の寺院で北向観音にお参りしなければ、「片参りですよ」といわれてお参りしました。
その本堂、常楽寺にも足を運び、この頃では珍しいわらぶき屋根で、静かな静かな場所で気に入りました。
御朱印を頂きましたが、しっとりと落ち着いたご住職の奥様がお相手下さり、更にその感を強く持ちました。
来てみてよかったと思いました。
(09年4月善光寺参りの旅)
その本堂、常楽寺にも足を運び、この頃では珍しいわらぶき屋根で、静かな静かな場所で気に入りました。
御朱印を頂きましたが、しっとりと落ち着いたご住職の奥様がお相手下さり、更にその感を強く持ちました。
来てみてよかったと思いました。
(09年4月善光寺参りの旅)
お戒壇巡り ― 2010年03月27日 12:56
我もわれもと押し寄せる善男善女が「お戒壇巡り」の順番を待って長蛇の列を作っていました。
私もその一人ですけれど。
『瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。』
真っ暗な闇の中、最初は入るのを躊躇ったのですが、御利益があるというので入ってみることにしました。
こんな暗闇を体験したことがなく、1歩1歩手探りで歩いて行きましたが、それはそれは不安でした。
でもたったひとりではないので怖さは感じませんけれど。
すぐ後ろの女性が怖い怖いと言うので、私の状況をつぶさに伝えてあげました。
無事「極楽の錠前」に触れることができました。
これで往生の際には御本尊さまがお迎えに来て下さることでしょう。『』
内はwww.zenkoji.jp/hondou/kaisetsu/11.html
(09年善光寺参りの旅)
私もその一人ですけれど。
『瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。』
真っ暗な闇の中、最初は入るのを躊躇ったのですが、御利益があるというので入ってみることにしました。
こんな暗闇を体験したことがなく、1歩1歩手探りで歩いて行きましたが、それはそれは不安でした。
でもたったひとりではないので怖さは感じませんけれど。
すぐ後ろの女性が怖い怖いと言うので、私の状況をつぶさに伝えてあげました。
無事「極楽の錠前」に触れることができました。
これで往生の際には御本尊さまがお迎えに来て下さることでしょう。『』
内はwww.zenkoji.jp/hondou/kaisetsu/11.html
(09年善光寺参りの旅)
小川村・和田家回向柱 ― 2010年03月23日 17:44
回向柱が小川村から寄贈されたことを記しました。(3/22)
その原木を写していたのでここに載せます。
その原木を写していたのでここに載せます。
別所温泉・安楽寺 ― 2010年03月22日 16:15
のんびりと電車に乗って別所温泉へ行きました。
温泉に入るためではなくて、お寺参りです。
ほんとうにいいお天気で、空気もきれい、のんびりと時間が流れている別所温泉でした。
特に安楽寺の国宝「八角三重塔」は、静かな静かな佇まいの場所に建っていました。
「八角三重塔」は鎌倉北条氏の供養塔(思われる)で、中国宋代の先進技術で和様の塔とは違うようです。
禅宗寺院に残る貴重な存在の建物でした。
説明は寺院内の立て札より。
(09年善光寺参りのつづき)
温泉に入るためではなくて、お寺参りです。
ほんとうにいいお天気で、空気もきれい、のんびりと時間が流れている別所温泉でした。
特に安楽寺の国宝「八角三重塔」は、静かな静かな佇まいの場所に建っていました。
「八角三重塔」は鎌倉北条氏の供養塔(思われる)で、中国宋代の先進技術で和様の塔とは違うようです。
禅宗寺院に残る貴重な存在の建物でした。
説明は寺院内の立て札より。
(09年善光寺参りのつづき)
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