世界美術紀行・南イタリア編 ― 2006年12月03日 17:37
後期3回目の講座が12月1日土曜日に終了しました。 ナポリ、ポンペイ、シチリア各地方の世界文化遺産について学びました。
特に「ポンペイの赤」に代表される絵画の水準の高さ、素晴らしさについても知ることができました。
今朝の新聞紙上でも、『ポンペイ最後の日はいつ』という記事を見つけ、更に興味を抱きしっかりと読みました。
シチリアのパルレモには、コンスタンティノーブル(イスタンブール)、ラヴェンナと並びキリスト教美術の3大傑作に数えられる、パラティーナ礼拝堂のモザイク画は圧巻だとか。
時は下って11月30日、ローマ法王ベネディクト16世は、イスタンブールのブルーモスクを訪れ『全人類のために平和の手段と道を見つける助けとなるでしょう』と伝えたと報じられていました。
話は戻り、シチリアはギリシャに始まっていろんな民族の支配を受けてきました。その影響を受けてきた文化は、複雑で美しい文化遺産を多く残したといいます。それから余談ですが、世界遺産「アルベロベッロのトゥルッリ」を見てきた私は、ちょっと自慢したい気持ちになりました。
『』内12月2日、3日朝日新聞より引用。
虹を見ました ― 2006年12月04日 15:47
スポーツセンターからの帰り道、ぼんやりとした虹を見つけました。
今日はとても変なお天気で、橋を渡りながら上を仰ぎ見ると真っ青な空と鈍い鉛色をした雲とが、私の頭上で真っ二つに別れていました。
虹は山を二つ三つに足をかけ、片方は川へ片方は住宅地へ弧を描いてしばらくたたずんでいました。ぼんやりとしているものの、虹は暖色から寒色へときれいな色をつけていました。
久しぶりに出合った虹を見て、なんだか得をしたような気分になりました。
やっぱり私はお婆さんなのでした ― 2006年12月09日 16:54
昨日電車に乗って、つり革を持ち立っていました。しばらくすると後ろからポンと肩を叩かれて振り向くと、「どうぞ座ってください」と30歳代位の女性から声をかけられました。
「いいんですよ」と、一旦断りかけたのですが思い直し、お礼を言って座ることにしました。
そこで私は考えました。私がそんなにお婆さんに見えるのかしら?確かに白髪です。でも、「AIGLG」のコージュロイのパンツをはき「Fox Fire」のダウンジャケットを羽織り、背筋もしゃんと伸ばしているはずなのになあ、、、。座席に腰かけてからも自問自答していました。
でも、やっぱり私はお婆さんに見えているんだと、言う結論に達しました。 下手に我を張らないでおきましょう。
半世紀前の若者たち ― 2006年12月10日 17:14
今週始め、ドン・コサック合唱団の歌と踊りを視聴してきました。
お客さんの殆どは高齢者のカップルか、女性のグループ。そして中年の親子連れでした。そうなのです。半世紀前の若者たちは、あの頃ロシア民謡にどっぷり浸かっていたのです。
バラライカの調べにのせて、哀愁を帯びたロシア民謡の響き、透き通るような高音のソプラノ、美しいハーモニーの混声合唱。
男性は素朴なコサック兵の軍服姿、若い女性たちは色鮮やかな民族衣裳を身にまとい踊る。勇猛果敢なコサック兵たちが宙を飛び地面を這うような踊りも圧巻、若き女性たちはフリルたっぷりのスカートを翻して踊る軽やかさ、これに観客は会場を揺るがすような手拍子で応え、会場は一体となりエネルギーがほとばしるくらい熱くなりました。
まるで半世紀前にタイムスリップしたみたいな感動を受けました。久しぶりに夢中になり、興奮を覚えました。
「硫黄島からの手紙」 ― 2006年12月13日 18:30
表題と「父親たちの星条旗」とは、クリント・イーストウッド監督の2部作。私は残念ながら「父親たちの星条旗」はみていません。
私たち戦時中の子どもは、硫黄島での激戦を漏れ聞いて知ってはいました。 大画面で映じられる戦闘シーンは、想像を超えてとても正視に耐えられませんでした。
海を埋め尽くしたアメリカ軍船団、凄まじい轟音で攻める戦闘機、劣勢の日本兵は機銃掃射で追い立てられ、火炎放射器を浴びる。そして日本兵の残骸は累々と横たわる凄惨な場面。
栗林忠通師団長指揮下、兵たちは國に残した父母や妻、子のために、最後まで勇敢に闘い抜きました。映画が終わる頃には会場のあちこちですすり泣きが聞こえてきました。
とても心に残る映画でした。
映画鑑賞後、「硫黄島戦記・玉砕の島から生還した一兵士の回想」川相昌一著(光人社刊)を購入しました。
最近のコメント